20代で鬱になった私を支えた言葉。無駄に慰め合うよりも、一回死ねばいいと思う。

げんどうゆうこ
今回はわたしが過去、鬱になったときに支えになった言葉をご紹介します。辛かったときに可哀想な人扱いされるのは辛さを増幅させ、いつも通り接してくれることは信頼に思えました、というお話です。

 

 

※ Facebookに投稿した内容が好評だったため、転載です。

 

 

私がかつて鬱になった時、自分を大きく後押してしてくれたのは「大変だったね」と可愛そがってくれる人ではなく、「どうせ大丈夫なんだからほっとこうよ (´ー`)y-~~ 」と起き上がれない私の隣でいつもと変わらず楽しく過ごしていた妹だった。

 

 

多分、本人は本当に私のことがどうでもよかったんだと思うんだけどw その言葉はとても大きな生命への信頼、私がその時の状況を必ず超えられると信じる姿勢だと思ったのです。

 

 

もちろん「大変だね、頑張り過ぎてたんだね」と声をかけてくれる人の存在も有り難かったのだけれど、言われすぎるとほんの少しだけ「あなたは弱い人ですね」というメッセージが暗に伝わってきて辛かった。

 

 

実はそれまでの私は、涙もろくて誰かに相談を受けると一緒に泣いてしまうタイプだったけれど(そして今もたまにはそういう自分がいるのだけれど)、それ以来もっと目の前の人の生命を信頼しようと決めました。心配する気持ちが湧きそうになるのを抑え「あなたはどうせ大丈夫なんだから」と強く強く信頼する。

 

 

それが、今私がしたい「慰め方」だし、それをするためには「私が自分の生命を信頼する生き方」をしていなければいけないと思う。

 

そんなことをこの記事を読んで思いました。
ウジウジ悩んで、辛がっている自分なんか軽やかに殺してしまえばいい。

 

 


 

 

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