あなたの仕事は職業?生き方? 共に働くなら一致させるべきはスキルよりも情熱だという話

げんどうゆうこ
今日は、キャリアについての記事。知り合いの方の記事を読んでインスピレーションを得て、仕事が職業の人と生き方になっている人の違いについて書いてみました。今よりもっと自分の心に忠実に働きたいという方向けの記事です。 

 

生き方としての仕事

 

かなり前なのですが、キャリアライブのかなさんのこんな記事を読みました。

 

その仕事は「職業」か?「生き方」か?

 

私に響いた、政治家の小泉進次郎さんの、政治は職業ではなく、生き方だと思っていると主張するところを引用させていただきます。

 

「こうやって自販機の前で、ジュースをかったりコーヒー買ったり、コンビニいったり、餃子食べたり、そういったことを含めて一挙手一投足すべてを見られ判断をされる。それが政治の世界です。僕はそういったことを含めて政治家という職業ではなく、生き方を選択したと思っています」

 

私はこの一節を読んで、その読んだ当時の自分の心境もあって「あ、私のファシリテーターも生き方だ」と思いました。

 

 

翌朝のセッションの質をあげるためにお酒を控えたり、自分の感覚が捉えやすくなるようにライフスタイルを気遣ったり。

 

 

買い物をしていて素敵なインテリアを見つけたときは、自分の主催する場の飾りにしようかなと思ったり。

 

 

SNSを見ていて、自分にはあまり分からない、受け入れられない考えのコメントも、「こういう参加者が自分のセッションにいたときに役立つかも」とあえて読んでみたり。

 

 

自分に辛いことが起きたときに、自分の気持ちを丁寧に扱わないと、普段の自分が主催する場で参加者の気持ちを丁寧に扱うことに嘘が出てしまうと思って無視しないようにしたり。

 

 

海外旅行に行ったら必ず、その国の本や文房具を見て、何か自分の場に取り入れられるものがないかを自然に探すようになったり。

 

ふとした生活の一挙手一投足の中に自分はファシリテーターとして在るということが混ざりこんでいます。

 

 

でも、それまでの仕事は「好きな仕事」でしたが、生き方になっているかというとそうではなかった。働くと休むをきっちり分けていたし、休暇中に仕事のことを考えたりすることは無かった。

 

つまり、他の職業よりは好きなことをしています、という「職業としての好き」だったのです。営業と事務と人事なら人事が好きかな、というように。

 

 

 

仕事が生き方の人にとって、職業の人の「好き」は嘘に写る

 

私がファシリテーターの仕事を始めてからの失敗談なのですが、ファシリテーターの仕事も人に聞かれたら「好きな仕事です」と答えていたので、どのレベルで好きかということはわざわざ公言していませんでした。

 

別に対外的にアピールするようなことでもないですし。

 

でも、私は他の人の「仕事が好きなんです」という言葉もいつしか「私のファシリテーターとしての仕事と同じくらい好き」なんだと勘違いしてしまうようになりました。

 

基本的にビジネスパートナーの場合は「好きなことを仕事にしている人」と組むと決めていたのですが、それが職業としてのレベルなのか、生き方のレベルなのかということまで気を配っていなかったのです。

 

仕事を好きだと言っている人と組んでいるのに、私から見るとその人の行動は「とても仕事を好きとは思えない」レベルに見えるのです。

 

 

え?どうしてここまで準備しないの?(好きならこれくらいの作業、当たり前じゃん)

 

 

え?どうして自分のセッションの振り返りしないの?(好きなは誰よりも実力つけないのは当然じゃないの?)

 

 

…なんでもう一歩相手に確認しないの?(成果出したいんじゃないの?)

 

 

とまぁ、こんな具合です。

 

読んでいただいている方はすぐ分かると思いますが、これ、自分がそこまでやりたいことじゃないのに言われるとかなりキツい笑。つまり、自分よりずっと情熱が上の人に言われると苦しいんです。

 

職業として仕事が好き、という人もその人本人は「好きな仕事をしている」と思い込んでいます。でも、生き方になっている人の好きという情熱とはかなり差があります。

 

仕事が生き方の人から見ると、仕事が職業の人は分かるけど、逆は分からない。だって他の仕事と比較して好きという「職業」として仕事が好きという人は、仕事が生き方になっているレベルは体験したことがないからです。

 

私も、実際ファシリテーター以外のこれまでの仕事も「好きな仕事をしている」を思い込んでいました。

 

 

 

情熱が同じ人と働くのがお互いにとっての幸せ

仕事が好きな人というのはたくさんいます。でも一見同じ「好き」という言葉を使っていても、その度合いには差があるんです。私はそこに気づくのに、少し時間がかかってしまいました。

 

好きの度合いに差がある人と働いてしまい、お互いにとってストレスを抱えてしまった経験から、少なくともビジネスパートナーや、コファシリのパートナーには同じレベルの情熱がある人を選ぶように意識しています。

 

それまではうっすら「自分と同じくらいの実力、経験の人と組むもの」だという思い込みもあったかもしれませんが、私から見て仕事が生き方レベルの人と組む、ことを意識し始めてから、結果的に自分の経験より上の人と組むことが出来るようになりました。

 

なぜなら、「実力が同じ」よりも「情熱が同じ」方がお互いにとって幸せだということが体感として分かったので、たとえ私の実力や経験が多少足りなくても自分から「組んでください、お願いします」と言えるようになったからです。 (あと、組んでみて感じましたが、実力がある人ほどパートナーに実力を求めるプライオリティは高くないです。多少のこちらのスキル不足すら扱える実力があるので。)

 

また、ちゃんと自分の気持ちと同じくらいの人を選ぶことが、「職業として仕事を好き」と感じている人のことを尊重することでもあると思っています。  自分の仕事は生き方なんだと自覚してから、「職業として仕事を好き」という人にとって「私の言葉は厳しいと受け取られないか?」を一旦考えるようになりました。

 

 

 

より楽しく働きたい、より良い組織で働きたいと思うなら

あなたは今の仕事が「好き」でしょうか。そしてその「好き」というのは、どのレベルの好きですか。 職場を見渡してみて、その好きのレベルは他の人とどの程度一緒ですか。

 

 

働く時間をより楽しいものにしたい、より喜びに溢れる時間にしたい、というのは誰しも願うものではないかと思います。

 

それなら、自分と同じくらいの想いを持っている人を探し、その人と話す時間を増やしてみることです。(社内に限らず) もし、今の組織をより良くしたいと悩んでいるなら、その気持ちを持っていそうな人に。もっと今の仕事についてディスカッションしたいと思っているなら、同じくらい応えてくれそうな人に。

 

私は命という貴重な時間をどう使うかを考えたときに「誰と過ごすか」に決して妥協したくないと考えています。誰と過ごすかは、誰の影響を受けると決めるかに繋がります。

 

幸せに働くなら、何をするかは大切です。でも、誰とするかもとても大切。(私は、誰とするかの方がプライオリティが高いくらい)  どうせなら同じ情熱がある人と共に過ごす時間を、自分に与えてみてはいかがでしょうか。

 

 

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